タイでカリビアン

バンコク移住生活4年目からの記録

ラチャブリー ~ カンチャナブリー ②

2日目


高原リゾートの朝はとても気持ちが良い。
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リゾート母屋の2階のテラスより


朝食はアメリカン・ブレックファーストかカオトムのどちらか。カオトムは豚と卵入り、大好きな組み合わせだった。
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シンプルながら美味しい朝食


リゾートの親切なお姉さんにお礼を言ってチェックアウト。
さて、県をまたいで次の街までドライブするか。
カンチャナブリーまでは約70キロ。今のジミー号なら山道も問題ない。
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実際走って見ると、道はそこそこ整備されているしアップダウンも大した事無かったので気持ちよいドライブとなった。


気持ちの良い田舎道。
窓を全開で走る。


1時間半程で目的地に着いた。
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有名なクウェー川鉄橋。3度目の訪問になる。


暑いので飲み物を購入
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ナムデーン・マナオ・ソーダ
大好きな飲み物。昔のカキ氷シロップに小さいレモンを搾りソーダで割ったもの。


早速橋を渡る。
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列車が通るときは人がたくさんいるが列車がいないと人も少ない


真ん中からクウェー川を眺める
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静かな川
日本と違ってタイの川はみんな茶色い。土壌のせいだろうか。



ところで、ここは映画「戦場に架ける橋」でも有名だ。
この映画、数年前に見てビックリしたがとんでもなく偏った映画である。
日本軍=悪、連合国軍=正義、と言う典型的な構図の元に作られたものだからである。
もちろん戦時中だったから日本軍が現地の方々にご迷惑をかけた事も間違いなくあっただろう。しかし、そもそも白人達は300年以上も力でアジアの国々を蹂躙していたのだ。これは、それ以前にシルクロードを渡って来るアジアの高価な産物(シルク、胡椒、砂糖など)をアラブの商人から高く買わされていたので、いっそのこと原産地を侵略して自分達の物にしてしまおうという身勝手極まりない欲望から始まった事なのだ。
対して日本軍は開戦に当たってアジア地域の欧米植民地から白人を追い出して解放すると宣言しているのだ。対白人至上主義の戦争だったのは間違いない。同時に、白人達は黄色いサルのくせに白人同等の力を持った日本を潰したかったのだ。
そして戦後白人達は、自分達が長い間アジアで行ってきた悪行の数々を隠して全て日本が悪かった事にしたのだから性質が悪い。
特にこの原作者は実際日本軍の捕虜になったので余計に日本軍を悪く書いているようだが、人の事をとやかく言う前にまずは自分達の悪行を反省したらどうなのか?

実際アジアに住んでちょっと旅行でもしてみればわかる。白人は未だに自分達が一番だと思い、有色人種を下に見ているのだ。それは彼らの行動に表れていると思う。恐らくこれは白人達の遺伝子レベルまで浸透している性質なのだろう。
それに、もし日本軍が真に悪だったなら今こうして我々日本人が東南アジア諸国で温かく迎え入れられる事はなかっただろう。


さておき、リゾートは川を1キロほど下った川沿いにあった。いつもAgodaを使っているがAgodaにしては珍しく地図が間違っていた。しかし、旅慣れた嗅覚ですぐにリゾートを発見できた。
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Resotel River Kwai Bridge
ほとんど放置状態だったが部屋のクオリティは高かった。
そして、また黒い雲が迫った来た。この後すぐにスコールが来た。


夜になり周辺へ散歩に出かける。
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どこの町も観光地であればこうなる。
白人は自分達に都合良い環境を作りたがるのだ。バー、洋風レストラン・・・
タイ飯も食わない、タイ人に敬意も払わない。なら何故奴らはタイに来るのか?
答えは簡単。自国では出来ない事がタイでは出来るから。まったく、植民地じゃないんだから・・・
「郷に入りては郷に従え」とは日本人だからこそ思いついた性質なのだろう。


基本、酒を飲んで大騒ぎをするのが嫌いな我々は地球の歩き方に載っている某レストランで食事をしたが、う~ん、美味しくなかった。残念。
その後、口直しにカフェを探すと素敵なカフェがあった。
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ネコカフェ

オーナーさんがブリーダーのようでフサフサのかわいいネコ達が遊んでくれた。
これは堪らなかった!


その後、リゾートの庭で夜のクウェー川を眺めながら寝る事にした。
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おやすみなさい


翌日は帰るだけなのでこの旅行記はこれまで